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統文化・歴史

長浜曳山まつり

桜の満開の知らせとときを同じくして、長浜のまちなかにやってくるものがあります。今も残る町衆文化である「長浜曳山まつり」です。日本三大山車祭の一つで、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。


約440年前、長浜城主・羽柴(豊臣)秀吉に初めて男の子が生まれ、城下の人々に金を振る舞い、町民がこれをもとに山車を作って長浜八幡宮の祭礼に曳き回したのが始まりとされています。このまつりは、曳山と呼ばれる山車の舞台で演じられる子ども歌舞伎が特色です。山組と呼ばれるエリアごとに、舞台をもつ12の曳山と長刀を飾る曳山の全13基があり、12基の曳山から交代で毎年出番山として4基が祭りに出場し、華麗な歌舞伎を見せてくれます。各曳山は洗練され、華麗な装飾などに個性をもっていて曳山を見比べるだけでも十分な見応えがあります。

長浜曳山まつりは毎年4月9日の線香番に始まって、12日までの4日間は若衆による勇壮な裸参りが行われます。また、子ども役者が演じる人物になりきって練り歩く14日の「役者夕渡り」も壮観で道中には多くの観客が集まります。さらに、15日の夜には御旅所に、提灯を灯した4台の曳山が勢ぞろいする光景は幻想的で、その空間の中で華やかな狂言を見ることが出来ます。そして、クライマックスには神輿が担がれます。

子供歌舞伎は、曳山の舞台上で、5歳から12歳くらいの男の子によって演じられます。役者に選ばれた子どもは、春休みは毎日朝から晩まで稽古を重ね、祭り当日には、大人顔負けの熱演で見物客の拍手喝采を浴びています。子ども歌舞伎は、4月13日の夜と14日の午前中、祭りの本日である15日と16日は終日にわたって演じられます。

地域の絆を育む神事「オコナイ」

湖北地方特有の「オコナイ」は、村内安全、五穀豊穣を祈る祭りとして各集落の年頭行事となっています。オコナイは、集落によってスタイルや細部の趣が異なり、様々な祈りの姿があります。

高月町馬上(まけ)では、2015年は5年に一度の大祭にあたり、準備から当日の儀式まで集落総出で行いました。特色は、顔を白く塗り、太いひげを描いた男3人が、走落(はせおち)神社、意冨布良(いふら)神社や地蔵堂へ奉納する鏡餅を、太い縄で荷った(負い縄という)、「鏡負い」が登場するところにあります。

オコナイは、いつ頃から始まったかは定かではありませんが、各集落で形を変えながらもずっと継承されています。今回鏡負いになった若者は「やっぱり生まれた地元集落で昔から引き継がれているものやし、続けられたらええな」と願う一方、「平日などは仕事があるし、参加しずらいところもある」と、昔と比べて簡略化されてはきましたが、今後の継承に一抹の不安もあるようです。

また、オコナイをなぜ続けるのかを集落の人に聞いたところ、「そりゃここに神さんがいるし、(オコナイを)近所の人もやっているのにわしだけやめるわけにはいかんやろ。近所付き合いちゅうもんもあるからな」。

オコナイは神事以外にも、集落の人のつながりに重要な役割を担っていることがこの言葉からうかがい知ることができ、集落の皆がそう思っているからこそ、ずっと続けられてきているのかもしれません。
 

奇祭「丹生 茶わん祭」

茶わん祭は、平安時代に製陶業が盛んだった余呉町上丹生地区で、陶工が神社に陶器を奉納したのが始まりとされる滋賀県指定無形民俗文化財です。

元来、この祭りは北村組、中村組、橋本組の3組が交代で実施していましたが、近年は現在の集落の人口が300人余りという過疎化による人手不足や財政面から、現状は5~6年に一度程度開催されています。

しかしながら、開催時期の間隔をあけると、伝承が途絶えると危惧し、2015年には他地区から参加者を集めるなどして5年ぶりに復活しました。

祭りの注目の一つは、皿や壺などの陶製品を人形や小道具と組み合わせ、民話や歌舞伎の一場面を再現した「山飾り」。飾り付け方は秘伝とされ、いまも選ばれた一部の工匠のみに口伝される技だそうです。

祭り当日は、丹生神社~八幡神社~丹生神社へと神輿が巡行し、道中は長刀振りを先頭に、笛、棒振り、小太鼓、鼓、鉦、ささらすり、大太鼓と続き、そしてひと際華やかな「花奴道中」は、若者が顔に白粉を塗り、花傘踊りで祭りを一層引き立たせます。

神社では、子ども達が「神子の舞」「鈴の舞」「扇の舞」「構え打ちの舞」など、舞曲に合わせて演じ、可愛らしく華やかに場を演出します。

山車が到着した八幡神社では、山飾りを支える長い竹ざおが外され、揺れながらも飾りが崩れない「匠の技」がこの祭の見せ場となっています。